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2007年9月27日 (木)

ギラン・バレー症候群・・・その後。

うっかりしていた・・・
母のギランバレーについて、取っ掛かりの部分だけ取り上げておいて、その後の経過を記録していなかった・・・

それというのも、経過がすこぶる順調で、あまり深刻になっていなかったので、ついそのことについては後回しになってしまった、と。
ごめんね、おかーちゃん。

同じ病気を患っていらっしゃる方も、わらにもすがる思いであらゆる記事に目を通されていることと思います。
そんなかたがたの不安を少しでも取り除ければと思い、やっぱりちゃんと書いておかないといけないと思いました。

何の参考にもならないかもしれませんが、うちの母はこんな感じでした。

入院した日は一通りの検査をし、次の日は骨髄液検査、つづいて『免疫グロブリン大量療法』が始まりました。
その他、検査結果もすべて正常範囲。内臓にも以上はないとのこと。
筋肉についても他の同年代のお年寄りと比べるとしっかりと付いているらしいです。
ただ、神経伝達速度の検査の結果がやはり悪かったですね。

でも、あちこちのサイトで記事を拾い読みまくっていた私は、母の症状の程度から見てこの時点で何の心配もしていなかったし、母にも絶対大丈夫、必ず治るからと励ますだけでした。
実際、このガンマグロブリンの点滴だけで他に何もすることはなかったですし。

いろいろな患者さんの例を読ませていただきましたが、母の場合、手首から先の部分から脱力が始まり、その後足が脱力。
歩けなくなるところまではいきましたがおそらくそこが彼女のピークだったのでしょう。
点滴を始めた次の日にはもうなんとなく手先に力が入るような気がする、なんて言ってました。
実際にはまだ力は入りませんでしたが、気持ち的には前を向いていられているような感じだったと思います。

トイレはベッド脇においてあったポータブルで済ませるようになっていました。
なんとか自分でトイレに移ることができたし、後の始末も完全ではなかったかもしれませんが自分でやっていましたし。
私がすることは下穿きを上げ下ろししてあげることだけ。
患者さんによってはほとんど寝たきりで身動きが取れなくなってしまう重篤な例もあるようですので、これは本当にラッキーだったと思います。

その後、2~3日は食事の手伝いをしましたが、まもなく自分でフォークを持って口に運ぶことが出来るようになりました。
まだ震えが残っていて、コップなどを口まで運ぶのはこぼしてしまいそうで大変そうでしたが、出来るだけ自分でやってみる努力をしたほうがいいかと思い、見守りながらやらせました。

はじめのうちは、あれが出来ないこれが出来ないと終始泣き言を言っていましたが、そのうち自分もその状況にも馴れ、日々、こんなことが出来るようになった、とうれしそうにやってみせるようになりました。
と同時に、半分うつ状態だった気持ちも徐々に明るさを取り戻し、看護師を捕まえてはなんだかんだとおしゃべりに付き合わせていたので、人不足で忙しそうにしている彼女たちがニコニコと付き合ってくれてるのには頭が下がりましたね。

このころ藤沢にいる兄が怖い顔をして飛んできましたが、母の様子を見て「お見舞い、半分にしようかな」と笑いながら安心して帰っていきましたw
だから、あわてて来んでも、と言ったのよ。

点滴も当初予定の2クールを1クールに変更し、5日間終わったところでチューブもはずされました。
この時点でポータブルも撤去。
歩行器を使ってトイレまで歩いていくようになりました。

下穿きの上げ下ろしもなんとか自分で出来るようになり腕の上げ下げもスムーズに。
このときはまだ手首から先には不自由さが残っていて、クスリの袋やフリカケの袋が開けられないと言っていたので試しにハサミを持たせてみたところ、これが結構うまく出来て、それらの袋だけじゃなく、これもリハビリだ、とか言いながらうれしそうに雑誌などを切り刻んだりしていましたね。

よく、回復は薄皮をむくように・・・と言いますが、これは薄皮どころじゃない。
たまねぎをむいていくような感じ。

20日もたつと歩行器が不要に。
まぁ実際にはまだ歩行器にはつかまってはいるが、なくても歩けるらしい。
ただ、転んじゃうのが不安だから、と言っていた。

リハビリの先生がするように、パジャマのズボンの後ろのゴムの部分を掴んでいてくれ、というのでそのようにすると、スルスルとスムーズに歩き出した。
驚いたのはそのスピード。
大きな歩幅でさっさか歩く。

・・・私が彼女に掴まって歩いてるみたいやん・・・

昨日、まだ部屋に歩行器が置いてあったので、もういらないのでは?と聞くとやはりまだ「不安だから」と言う。
そうか、自信をつけるには・・・リハビリを一生懸命やることしかないよなぁ。
みる限り、歩行器はなくても大丈夫だと思う。

昨日は階段に挑戦したという。
まだ、一段を上ったり降りたりの練習だけど。
若いころの事故で片足が不自由な母は、階段はもともと苦手なのだけど、なにしろうちは3階建て、母の部屋は2階なので、どうしても階段はクリアできるようにならないと。

そのためにも体重も少し落としたほうがラクだと思うよ。
あの不味い病院食で少しはダイエットできてるのかと思えば、先日の体重検査では400グラム増・・・なんでやの。

そりゃそうだわな、アレ食べたいから買ってきて、ってよく言ってるもんね。
ウ○コのために果物食べなくっちゃ、とか言って毎日果物あれだけ食べてたら・・・。

先生が「少し残してもいいよ」って言ってた。
母は「大丈夫です、食べられます」って言ってたけど、違うな。
遠まわしに『あんまり食うな』と言ってるようにしか聞こえない、私にはw

とりあえずお菓子買っていくのは止めます。

こんな感じで足のほうはほぼ完璧に回復しているのだけど、手のほうはまだ8割がた、というところか。
字を書く練習もして、このごろは好きなナンバークロスなんかもやっているが、グー・パーがなんとなくまだ不自然だし、親指をピンと立てることが出来ないらしい。
ペットボトルやタッパーのふたを開けるのにはまだまだ苦労している様子。

この病気は始まったところと逆のほうから治っていくそうなので、やはり手のほうは一番最後なのかな。
後遺症が残る場合もあるそうなので多少心配ではあるが、おそらく大丈夫でしょう、と先生はおっしゃった。

んで、母は免許の書き換えが迫っているのだけど、70歳以上なので、退院後はまず自動車学校へ行って講習を受けなくてはならないらしい。
シミュレーションで乗らされるらしいのだけど、これもたぶん大丈夫。
先生が、車の運転もたぶんもう出来るよ、と言ってくださったので安心しています。

入院予定はあと一週間。
その先もリハビリには通ってもらうつもりなのだけど、病院にいるときのように一生懸命やれるのかが心配。
家にいるとどうしても甘えちゃうからね。
ダイエットと同じで、明日から・・・なんてw
がんばってもらわねば。

と、こんな感じで今日まできました。
母の場合はホントに軽く済んだ例なのでしょうね。
他の症例を見てももっともっと苦しんでいる方もいらっしゃる様子。
でも気管切開して人工呼吸器までつけられたような重い症状の方でも回復しておられます。

大丈夫!!
希望を捨てずに前向きに病気と闘ってください。
介護する方も、明るく見守って励ましてあげてください。
必ず回復に向かっていきますから(^-^)v

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